研究室の教授にごちそうになった。
今日のお昼は、研究室の教授にごちそうになった。
研究室といっても、所属していたのはもう2年前だ。
先日、急に訪れた僕を、先生は暖かく迎えてくれた。
「おまえ、よう来たなー。どないしとんかなーと思っとったんや」
僕がソファに座るなり、ずんぐりむっくりした不器用な体ですぐに熱いコーヒーを入れてくれた。
淡いブルーのポロシャツの裾はズボンに入れられ、足元はスリッパだった。
全てが2年前と何にも変わっていなかった。
この研究室はこの2年間、毎日同じような日々が繰り返され続けてきたのではないかと思ってしまう。
でももちろんそんなことはない。平凡そうに見えるこの空間にも毎日の変化があり、喜びがあり、悲しみがあり、ちゃんと平等に与えられた2年間を経てきたのだろう。
2年前、自分は確かにここにいた。
そしてそれからの2年間、いろんなことがあって、そのせいである種の居心地の悪さというか、現実感を感じれないでいるだけだ。
「今日はな、タイミングが悪いわ。おれこれから授業やねん」
また金曜日に来い。飯食いに行こう。ということになった。
そして今日、おれは先生と一緒に御飯に行った。
研究室から店に移動した。雨が降っているにもかかわらず、先生は傘すら持っていなかった。
「うわ、結構降っとるな」。
先生の体は大きく、僕のさす傘ではその全ての部分を覆うことはできなかったが、なるべく濡れないように、傘を近づけた。
足元はいつも通りのスリッパだった。
お店は和食のお店だ。先生には2年前に研究室に配属が決まった時もご飯をごちそうになったことがあった。
「この店始めてか。ほんならこれか、これか、これやな。天ぷらが好きなんやったらこれや」
じゃあそれで、と注文を済ませた。
「で、おまえこれからどうするんや」
「そうですねー、とりあえず…」
先生は話題が豊富だ。どの方面の話もできる。本が好きなのだ。
これからの進路の話からいつのまにか話題は違う方向に進んでいく。
研究の話。東京電力の話。株の話。宇宙の話。先生の奥さんの話。
運ばれてきた料理はとてもおいしくて驚いた。
先生はよく喋る。僕はほとんど相槌に回っていた。
先生は決して自慢するようなことは言わない。それどころか自虐的な話し方をする。
熱い人ではない。諦めたような、ぼやきのような雰囲気で話をする。
でも、決して惨めさやみすぼらしさを感じさせるものではない。すべてを達観したような、そんな感じ。
僕は時々、胸に秘めてる思いをちょっと探りを入れるような感じで切り出してみる。
僕としては思い切って話を切り出しているのだが、先生は重く受け止めない。そしていつの間にか自分の話に持って行く。
そんな先生を見ていると、なんだか気分が軽くなった。
世の中や人生っていうのは、結局はなんとかなるんじゃないかという気にさせてくれる。
食後に、熱いコーヒーを注文してくれた。
「砂糖とミルクはいいです」
僕もいらない。
研究室では先生はよくコーヒーをいれてくれた。
初めはミルクと砂糖を入れていたのだが、そのうち面倒くさくなってブラックを飲むようになった。
今では僕もコーヒーはもっぱらブラックだ。
「さ、行くか」
外はまだ雨が降っていたので、先生を研究室まで送ろうと思ったのだが、先生は「ええわ。わし本屋寄っていくから」と断った。
ごちそうになったお礼を言うと、先生はなんでもなかったように歩き出していった。
僕も反対方向に向かって歩き出すと、背中の向こうから「またこいよ〜」という声が聞こえた。
はい、また行きます、と答えて振り向くと、先生はポケットに手を入れてスリッパをひきずりながら歩いていくところだった。
降りしきる雨はもうすぐあがるだろうか。